大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡家庭裁判所小倉支部 昭和42年(少)1398号 決定

少年 T・O(昭二二・一〇・一七生)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

一  非行事実

少年は昭和四二年四月○○日午後一一時四五分ごろ、北九州市小倉区○○○町スタンドバー「○ン○ル」において、同店ホステス○野き○み(当時一八歳)に対し、酔余執拗に「今晩は俺につき合え」と言いながら同女の右手を握り、さらに「俺が五つ数えるまでに返事せんとコップに入つているビールをぶつかけるぞ」と申し向けたところ、同女が握られていた手を振りほどき、その場を離れようとしたことに憤激し、いきなり同女にコップに入つたビールを浴びせ、引き続きコップを投げつけ、よつて同女に対し加療約一ヶ月を要する右眼角膜刺傷並びに虹彩脱出の傷害を負わせたものである。

二  法令の適用

刑法第二〇四条

三  傷害罪と認定した理由

本件は昭和四二年五月一六日当裁判所において傷害非行事件により検察官送致に付されたところ、同月二五日福岡地方検察庁小倉支部において傷害罪については公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がないとの理由で「少年は昭和四二年四月○○日午後一一時四五分ごろ、北九州市小倉区○○○町スタンドバー○ン○ルにおいて同店ホステス○野き○み(当一八歳)に対し「今晩俺と付合え」等と戯言を弄し、冗談まじりに、傍らにあつた硝子コップを床めがけて投げつけようとしたが、かかる場合同女にコップが当ることのないよう注意して行動すべき義務があるのにも拘らずこれを怠り、十分な注意を欠いていきなり投げつけた為、同女の顔面に右コップを当てさせよつて同女に対し治療約一ヶ月を要する右眼角膜刺傷等の傷害を与えたものである」という事実により過失傷害罪として再び家庭裁判所に送致されて来たものである。

ところで少年は非行事実記載の日時、場所において飲酒し、コップを投げつけたことは認めているが、右コップを投げつけた行為について○野き○みめがけて故意に投げつけたものではなく、コップを床に投げつけたら相手もおどろくと思つてひやかし半分に床をねらつて投げたものであり、しかも当時カウンター内部のその場所付近には前記○野はすでに居なかつたものと思つていた旨弁解し、かつ本件非行に至る経緯について前記○野と冗談話をしたことは記憶しているが非行事実記載の言動に及んだことは記憶がないと争つているところである。これに対して当裁判所が認定した非行事実に直接副う証拠として○野き○み、○部○人、の司法巡査および検察官に対する各供述調書が存する。

そこで少年の弁解が合理性があるかどうか検討する。まず本件非行に至る経緯について考えるに、前記各証拠および当裁判所における証人○野き○み、同○部○人の尋問調書によれば、本件非行におよぶ経過について明確かつ詳細に供述されており、しかも重要な部分についてそれぞれ符合していることから信憑力があるものと認められるのに対し、少年は当時すでに相当酩酊しており、前後の状況についての記憶も瞹昧で、単に冗談半分に本件非行に及んだというのみであつて合理性に乏しいものと言わざるをえない。

次にコップを投げつける際の状況について仔細に検討するに、前記各証拠および○岩春○郎の司法巡査および検察官に対する各供述調書によれば、○野き○みが少年から「今晩は俺につきあえ」と話しかけられさらに右手を握られていたが、その右手を振りほどいて一番奥のスタンドに座つている○岩春○郎のところに赴こうと二、三歩歩きかけた際にビールを浴びせられ、次いでコップを投げつけられたことが認められるのであつて、○野き○みが握られている右手を振りほどいた直後に本件非行が犯されたこと、前記○野が移動した距離も二、三歩に過ぎなかつたことおよび当裁判所の検証調書によれば前記○ン○ルは全長約一〇メートルの細長い見通しの利く構造のものであり、しかも少年の座つていたスタンドから一番奥のスタンドまで精々三メートルしかないことが認められることなどから、前記少年の○野き○みがまだその場に居たことを認識していなかつた旨の弁解は到底措信することができない。さらに少年はカウンター越しに床めがけて投げつけたものである旨弁解しているが、当裁判所の検証調書によればカウンター内部のコンクリート床の部分は奥行わずか七〇センチメートルしかなく(その場に人が居合わせることによつて実質上床の部分はさらに狭くなる)、少年の弁解どおり床めがけて投げつける意図の下に投げられたとすれば、カウンターの直下に投げおろすつもりで投げなければならないところ、最初のビールは奥の飲物飾台に浴びせかかつており、次いでコップが直立状態から幾分身をかがめることによつてビールを浴びせかけられるのを防いでいた○野き○みの顔面に直接当つていることから考えても、傷害の故意がなかつた旨の弁解としてはともかく、ことさらに床めがけて投げつけたものとは到底考えることができず、結局少年の弁解は経験則上合理性にとぼしく、にわかに措信し難いものである。

従つて少年の本件所為は○野き○みに対し不法な物理的勢力を発揮したことによる傷害と考えるのが相当であると思料するので、非行事実記載のとおり傷害罪として認定した次第である。

四  処理上の主たる問題点

(一)  少年は昭和四一年一〇月二八日大分中等少年院を仮退院後まもなく住居侵入、銃砲刀剣類所持等取締法違反非行を犯し(殺人、強盗予備非行事件と併合して検察官送致に付されたところ、右殺人、強盗予備非行事件については福岡地方検察庁小倉支部において嫌疑不十分として不起訴の処分をなし、住居侵入および銃砲刀剣類所持等取締法違反についてのみ当裁判所に再送致された)、昭和四二年三月七日当裁判所において不処分の決定を受けたが、その後も依然として素行が治らず、肺結核により重患の父親を放置して飲酒、夜遊び、無断外泊を重ね、

更生意欲が全く認められない生活を過すうち、遂に再び本件非行に及んだものである。

(二)  少年は自己中心的な考え方が固着し、自己顕示性、気分易変性が強く、自我損傷場面に際して容易に興奮し爆発性を示し易く、さらにアルコールによる抑制力の稀薄化によつて衝動的に粗暴な攻撃的行為に走る傾向がある。なおてんかん性精神病質の傾向すら若干見受けられるものである。

(三)  保護者は少年の度重なる非行に指導意欲ならびに自信を喪失しながらもなお少年の身を案じて肺結核による重患にもかかわらず入院をためらつている状態であつたが、昭和四二年六月上旬遂に止むなく入院し現在喀血中で重態である。

従つてこの際少年を再び施設に収容し、少年の生活態度を根本的に指導改善するため長期間矯正教育するのが相当であると思料するので、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 足立昭二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例